Vol.6 | 演出家・クリエイティブコミュニケーター

「遊びを本気で楽しむことにより、自らの職能を広げる」小松 隆宏 (前編)

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“ガムシャラな毎日だから、チャレンジが面白くなる”

イベント業に関わりだしたのは、芸短(京都芸術短期大学)を卒業し上京してからです。当時から「WATOWA」のブランド名で袴や着る物“キモノ”を作っていたり、グラフィックの仕事をしたり、興味のあることには何でも積極的に足を突っ込んでいました。

そんななか知合いづてに声が掛かり、後に師匠となる有名なファッションショーの演出家さんの仕事を手伝わせて頂いたんです。忘れもしない恵比寿のテアトルエコーという小っちゃな劇場でした。

そのショーを見て「これだ!」と確信したんです。服の魅力を鮮烈に伝える演出が凄まじくカッコいいと。良いモノを作っても見せ方がウマくないとやっていけないと常日ごろ思ってましたから、本当に目が醒める思い。即行「アシスタントになりたい」と直訴し、現場のお手伝いをさせていただくことになりました。

その後、お金を溜めてロンドン・パリに2年半住みました。演出家の先輩に「本当にファッションをやりたいなら海外に住んでこい」と言われたためです。その間は日本でのデザインの仕事を遠隔操作で続け、現地でも衣裳のオーダーメイドをして。パリコレで先ほどお話しした演出家さんの現場に呼んでもらったりと楽しい生活でした。が、まだ、手に職を持てている状態ではなかったので、徐々に焦り出しました。

その時は25才。このまま、自分の仕事と、アシスタントの両立で30才になってもアシスタントでいるのは辛い。すぐに師匠の会社に入って、アシスタント一本で集中したとしても、30才までに仕事ができる男にならないと、50才で何かを成したという功績は残せないんじゃないかと。

イベント業で成功できる自信があった訳ではないのですが、いまさら他業種で就職は考えてないし無理。これまで繋がりがあるこの演出という業界でガムシャラに頑張って、結果が出たら道は開けるんじゃないだろうか。そう思って、完全帰国し演出家(師匠)の会社でしっかり働くことに決めました。

 

“下向きの力が加わったぶん、

上に行こうと足掻くパワーが備わる”

会社に入った当初の僕は、まぁボロカスです。学生時代に色んな仕事を手伝っていたからPC業務はひと通り出来るけど、求められるスピードが速すぎて必死にやっても追い付かない。勤務は長時間が当たりまえ。当時はいわゆる芸人や職人の丁稚奉公のような業界だったので。結構過酷だったことを思い出します。基本は無給で、ギャラを払う価値のある仕事をすれば、ギャラは支払うスタイルだったので、ギャラをもらえる為に必死でした。

それでも死に物狂いで働いて、半年くらいして、ようやくギャラがもらえるように (笑)。嬉しかったです、認められた気がして。その後ギャラは小刻みにアップしていきましたが、2年程経った頃かな、スランプというのか、なんなのか?現場で大きなミスを立て続けに冒して。どこか力が入らない自分がいたんです。

次回はミスをなくそうと努力すればするほど、その事(ミスしない)だけしか頭になくなって自分の中で疑問が生まれました。なんか師匠の責任下で仕事しているからミスが重大だと体が感じてないんじゃないか?と、、、それで「これでは駄目だ」と一念発起し、独立を決めました。

そこからはもうサバイバルです。アシスタントになる際は他の仕事を全て切って臨んでいたから、仕事をくれる人なんていませんから(笑)。まずは仕事相手を作るところからスタート。昔貰った名刺を引っ張り出してメールを打ちまくり、小さいイベントやデザインの仕事を取って食い繋いでいきました。

今思えば、最初はアマチュアに毛が生えたようなキャリアだったから、この仕事ぶりだと師匠に怒られるかなってレベルだったかもしれません。けど、少しづつですが、仕事が増えてきて。リスクはもちろんありますし、責任も自分自身なのでもちろん重たいですが、師匠に比べれば、クライアントに怒られることは怖くなかったですね。「いける、いけるぞ!!どんどん行こう!!」と。アシスタント時代がキツかったぶん、気づかないうちにきっとメンタルが強くなってたんですね。

転機は3年後の2009年、当時大きく話題になっていたアーティストのライブの演出をさせてもらったとき。初の大仕事で、やっと見せられるものが来たと思って師匠に招待状を出しました。来てくれたんです、「お前もこんなんやるようになったんやな」って。その瞬間、一方的ですが、やっと認めてもらえたかな(笑)と思いました。

–独立を果たし、憧れであった師匠に一歩近づくことが出来た小松氏。演出家・イベントプロデューサーという職業をどう考え、どう表現するのか。独立後の活躍や小松氏のはたらき方について、次回詳しく伺います。

小松 隆宏
演出家・クリエイティブコミュニケーター
多様なジャンルのイベントプロデュースのみならず、パリコレでのファッションショー演出、企業ブランディングなどを手掛け、一挙手一投足に業界の熱い視線が集まる小 松隆宏氏。その仕事は常に新鮮な驚きと刺激に満ちている。「クリエイティブ・コミュニケーション」を標榜する現在の活動までの経緯を探り、そこから開ける「未来の働き方」についてのビジョンを伺った。