Vol.10 | GREE Ventures

「演劇の世界から、経営者と伴走するベンチャー・キャピタリストに」堤 達生 (前編)

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堤 達生 (TATSUO TSUTSUMI)

日本有数のベンチャーキャピタリスト。三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)や投資会社を経て、株式会社シーエー・キャピタル(現サイバーエージェントベンチャーズ、サイバーエージェントFX(現YahooFX)の前身)の設立を手掛ける。その後リクルート勤務を経て2011年グリー株式会社に入社。グリーベンチャーズを立ち上げた後、2つのファンドの設立・運営を担当。堤氏のこれまでの経験から培われた働きかたについて伺った。

 

 

–キャリアを描く先に見えるジレンマ

実は高校生の頃、かなり真剣に演劇をやっていました。役者の道もありだなと思ってオーディションをガンガン受けていたんです。

18歳の時、恥ずかしいんですけど、俳優の登竜門『ジュノン・スーパーボーイ』にノミネートされまして。
第4回に袴田吉彦さん、第6回に伊藤英明さんを輩出したキラキラしたコンテストなんですけど、僕は第5回という誰もスターが生まれなかった不作の年のファイナリスト(笑)。

将来は、父親がバリバリの官僚だったことから僕もそうなる予定でした。ところがどこで道を踏み外したのか、大学受験の時、官僚の道は諦めていました。でもまあ演劇で食べていくのは、なかなかしんどいなと思い、大学では哲学を勉強していたんです。「ここにコップがある。このコップが‘ある’とはどういうことなのか?」を延々と議論するみたいな。

ですが、これもこれで飯が食えない(笑)。

世の中の問題を根本から考えることは好きだったんですけど、自分は何をしたらいいのだろうかなと結構思い悩む日々でした。

–“ベンチャー・キャピタル”との出会い

そんなある日、今の職業であるベンチャー・キャピタル(以下VC)の方と出会ったんです。記憶はおぼろげですが、その方は大学に呼ばれVCの説明をされていました。その時はそういう仕事があることすら知らなかったので、「なんて面白い仕事なんだ!」と衝撃を受けました。

僕はまだ21歳の何も知らない若造だったので、その方を掴まえて「どうやったらVCになれるんですか?」と無邪気に聞いたわけです。「なり方を教えてください!」と。そうしたら、「とりあえずいろんなことを経験してから来なさい、学校を卒業してすぐになる仕事じゃないから」と言われました。

あ、これは当時(20年前)の話ですよ、いまはすぐになる人もたくさんいるので。

それなら金融の知識を身に付けようと、大学院で金融工学を専攻し、卒業後に三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)に就職しました。

 

–無我夢中で働く下積み時代

三和総研では3年半、経営コンサルタントとしてビジネスの基礎を教わり、その後小さなベンチャー投資会社に移りました。

創立して間もない会社で、社員はたった5人。僕は何も知らないで入ったので、それこそ丁稚としてVCのイロハを学ぶ日々でしたね。基本動作や基礎的な知識を徹底的に叩き込まれ、毎日無我夢中で働いていました。

その当時は365日中340日くらいは働いていたんじゃないかな。

そんな感じで2年程修行していたのですが、30歳を目前に立ち止まりました。

–「堤さんは、結局何をしてくれるんですか?」

僕は立場上、投資先の企業に「事業計画に達してないじゃないですか!」と偉そうにクレームをつける訳ですが、ある日「堤さんは、結局何をしてくれるんですか?」と言われたんです。その時、何が出来るって答えられなかったんですよね。何かしらせわしなく動いているけれど、明確なバリューを提供できていない。

振り返れば自分で事業計画を立てたことも、事業運営をしたこともない。そもそも事業を立ち上げたことがない。投資しているから企業側も話を聞いてくれるけれど、ただそれだけ。

もしそういう関係じゃなかったら、僕の出せる価値って何だろうと考えました。ぶっちゃけ何もありませんでした。

その出来事がきっかけとなって、自分で事業をやってみたいと思うようになります。そこで転職したのがサイバーエージェントでした。

–サイバーエージェント時代「やばい、このままだと10ヶ月で潰れる!」

時は2003年。折しも外為法の規制緩和があって、今の仮想通貨のようにFXの取引所がポコポコ誕生した時期でした。当時サイバーエージェントも子会社を通じて金融事業に参入したタイミングで、とりあえずこれを立ち上げてと言われました。

資本金は1億円。ところがPL(損益計算書)を見たら毎月1千万キャッシュアウトしてたんです(笑)。やばい、このままだと10ヶ月で潰れる!折角転職したのにと、焦りました。止血だ、先ずは血を止めろ!と。

幸い事業立て直しの訓練は受けていたので背水の陣で働き、1年半で何とか黒字に漕ぎつけました。

そこで得た経験はすごく大きかった。事業計画を作ることやそれを実行すること、人のマネジメント、採用も、どうやったらモチベ―ションを上げられるか等々、勝つための手法を実戦で学ぶことができました。

休みはほぼ無かったですが、FXの他にもVC事業立ち上げやネット証券運営などに関わらせていただきました。それらを2年半やって若干燃え尽きた感が生まれた頃、今度はご縁もあってリクルートに入社することになりました。

–リクルートでの失敗、大企業のジレンマ

リクルートはちょうど新しいネットビジネスを模索中で、『事業開発室』という新規事業を創出するための部署を設立したタイミングでした。それは、内部の優秀な人材と、僕みたいな外部経験者を集めた、何かが生まれるに違いないという壮大な実験場。

メンバーは現『KAIZEN platformCEOの須藤憲司くん、『ジーニー』工藤智昭くん、『nanapi(現Supership)』古川健介くん、『じげん』平尾丈くんなど、今をときめく起業家が一堂に会する夢のようなチームでした。そして潤沢な資金もある。 さぞ凄い事業ができると思いきや、もう、ことごとく失敗しました。奇跡的に。もちろんいくつか立ち上がった事業はありますが、残念ながらリクルートの主力の事業にはなっていないですね。

一番大きな要因は、スピードだったと思います。リクルートは大企業なので、当然のことながら、それなりの説明を求められるわけで、スタートアップみたいにとにかくガンガンやっちゃおうみたいなことにはなかなかならない。

今でこそ皆さん素晴らしい会社を作り上げていますけどね(笑)。

 

–“ベンチャー・キャピタル”と出会ってから、下積み時代を乗り越え、名だたる企業で新規事業立ち上げに関わるなど着実にキャリアを積んでいった堤達生氏。学生時代に言われた「いろんな経験をしてからおいで」という言葉の意味とはーー。後編では、様々な経験を経て、ベンチャー・キャピタリストとして開花するまでの軌跡に迫ります。

堤 達生
GREE Ventures
堤達生(つつみ たつお)
日本有数のベンチャーキャピタリスト。三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)や投資会社を経て、株式会社シーエー・キャピタル(現サイバーエージェントベンチャーズ、サイバーエージェントFX(現YahooFX)の前身)の設立を手掛ける。その後リクルート勤務を経て2011年グリー株式会社に入社。グリーベンチャーズを立ち上げた後、2つのファンドの設立・運営を担当。独自の経験から培われた働きかたについてお話を伺います。